新水IBUKI通信 2020年 葉月 00102号
「味」の「情」って?
K.O(札幌市)
夏がやってきました。
昨年の夏の過ごし方とは、違っているなあ~と
感じていらっしゃる方々も少なくないのではないでしょうか?
自然科学系の研究者の方々は、「生き物」同士は平等に「生き残るための闘い」は普通のことのように捉えているように思えます。
それが大きな獣でも、小さな昆虫でも、さらに肉眼では見えないウイルスでも、その営みは変わらないようです。
今年初めからのコロナ・ウイルスが世界中に広がった歴史的体験は、過去形として語れない辛さがありますが、何とか、人間の今までの日常生活を取り戻すための知恵の出し比べは、これからも継続されることでしょう。
というか、しなければならない……という環境が私たちを試しているかのようでもあります。
そんな時代だからこそ、一生物としてのニンゲンの在りようも今一度、考え直す時代かも知れません。
漫然と今までの延長線に明日を考えて「昨日の続きね!」と今日を受け入れていてはいけないのでしょうね。
かといって、不安を膨らませるのではなく、知恵を出し合い、信頼できる仲間さん達との新しい出会いに期待していきたいものです。
その時、その場に「天然水」の「新水いぶき」があれば、それを飲みつつ、喉を潤しながら札幌生まれの食材に注目して語り合うのも愉しいひと時を過ごすことが出来ると思います。
と、言うのも自己体験なのですが、「新水いぶき」の蘊蓄(うんちく)を披露しながらのおしゃべりは愉しいのです。
無論、聞く側の愉快そうな表情が視野に入ってくるような話の流れが前提です。押しつけてはイケマセンね。それは、注意点。
念のため、補足させて下さい。
先日、そんな場面があったのです。 友人と一緒に「新水いぶき」で淹れたコーヒーを飲んでいたところ、友人が近況報告ついでに以下の話題を提供してくれました。
*「ワタクシもそろそろ断捨離の練習を始めようと思って書棚の端っこに平積みになっていた古雑誌を資源回収にでも出そうと思って、紐に括られていたのを取り出したのさ。ゴミにするだけでは申し訳ないのでねぇ……。
・日本語の<詩>という言葉には、
言葉になった<詩作品>と、
言葉にならない<詩情>の
二つの意味が混在している……
といっているんだ。
普通、言葉になった「詩作品」は、短歌、俳句、歌詞など多数あることは誰もがご存知だけれど、形になっていないというか言葉になっていない「詩情」は、絵画や音楽や風景に潜んでいるって!
谷川さんのアドバイスだったよ。
「良いお話を聞かせてもらったお礼に後ほど、『新水いぶき』を少しだけ進呈させて下さいね。」
と、言ったところ
「友人にそれを聞いて、コーヒーやお茶や料理でも「新水いぶき」を使ったものには、「詩情」ならぬ「味情」があるから美味しさに微妙な差が出てきているのかな?と思ったものでした。
それを言ったら、友人は「料理でいえば、“アク”が出るのと“コク”が出るの違いだね」と笑っていました。
そして、「珈琲」の当て字をした人が津山藩医(岡山県津山市)宇田川榕菴(ようあん)という人なんだね……とコーヒーついでに教えてくれました。
1845年頃の話とのこと。
以上、「新水いぶき」が引き出してくれた蘊蓄ものについてご報告させてもらいました。
【編集】北海道良水(株) 「遠友いぶき・ひと花プロジェクト」
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